10代前半から食べ歩きをしている私だが、ことさら鮨においては値段が読めないこともあって心理的ハードルが高く、ひとり鮨デビューも随分と遅かった。
2009年5月、夕刻に東京・南青山で行われる同僚の結婚式を前に、ヘアカットのため代官山を訪れた。
カットをしてもらったあと、腹ごしらえをしようと近くの飲食店を物色していた。そこでピンと来たのが、いつも前を通るたび気になっていた一軒の鮨屋だった。八幡通りに面した入り口からは中の様子を窺い知れないため、入店を尻込みしていたが、どういうわけかこの日は思い切りが良かった。暖簾を潜り、「一人ですがまだランチは行けますか」…これが私のひとり鮨デビューである。
その鮨屋こそが今回ご紹介する「すし いちかん」の前身、「寿し屋の市勘」(以下、市勘)だった。
市勘は東京生まれ、生粋の江戸っ子である見市幸次さんによって1979年に創業。
当時、この界隈に鮨屋はなく、リーズナブルに本格江戸前鮨が食べられるとあって店はたちまち評判となった。近くには芸能関係者の自宅・事務所が多いこともあって、店にはいわゆる業界人がよく訪れたという。
そんな中で市勘を一躍世界的に有名にしたのが、ソフィア・コッポラ監督のハリウッド映画「Lost in Translation」である。
今では大女優となったスカーレット・ヨハンソンの処女作としても知られ、ほとんどのロケを東京で実施している。
そのロケ地のひとつに選ばれたのが、コッポラ監督がかつて日本滞在の際に訪れていたというこの市勘だった。
実はこの映画、私のマイフェイバリットムービーでもあり、出てきた鮨屋が市勘だとは知らなかった。あの日、暖簾を潜っていなかったら…何とも運命的な巡り合わせにしみじみしてしまう。
さて、そんな市勘が突如として長い歴史に幕を下ろしたのは2017年2月のこと。別の場所でリニューアルオープンを視野に入れての閉店とのことだったが、見市さんも当時71歳、このまま完全引退されるのではないかと不安に思っていた。
しかし、そのわずか1年後の4月、店は「すし いちかん」と名前を変えて渋谷・桜丘町で再開された。
新しい店にうかがったのは2ヶ月後の6月のこと。カラッと晴れた、爽やかな夕暮れだった。
暖簾を潜ると、「おう、久しぶり。元気だった?」…全然変わらない見市さん。日焼けしてむしろ以前よりも若々しく元気そうだった。
(後編へ続く)