神戸は花隈公園の南側。この近辺は西元町と呼ばれるエリアだが、ここ数年のうちに新進気鋭の中華料理店や昔ながらの欧風カレー店、移転してきた老舗洋食店など、魅力的な店が続々と増えている。
そのひとつに「地酒と酉 猿人」(以下、猿人)という店がある。その名の通り、地酒と鶏料理を目玉とする居酒屋である。
老舗ミリタリーショップ「イカリヤ」が入るビルの2階、急峻な階段を上がったところに店はある。
店内は厨房前のカウンター席、窓側テーブル席に中央の大きなテーブル席からなり、計20席。
隣席との間隔が十分にとられており、広々とした印象。特異な形状をうまく活かしたなかなか大胆な座席配置だ。
店主の藤木大さんは若干34歳という若さ。ミシュラン一つ星の日本料理店、神戸・ハンター坂「料庵 有とみ」で修業を積み、二番手まで務めた経歴の持ち主。
そんな名店直伝の味が居酒屋でリーズナブルに頂けるのはまさに有難き幸せである。メニューは大きく分けて2つ。刺身、串焼き、ごはんものなどの鶏料理と有とみの仕事が随所に垣間見える酒の肴だ。
鶏料理の前にまずはひととおり肴を愉しみたいところ。そのうちのいくつかを紹介したい。
最初は揚げ出し豆腐から。
つべこべ言わずに食べてよ的な間違いのない一品だ。香ばしく揚がった豆腐に甘く上品なだしがよく馴染む。合わせた地酒は広島県呉市の榎酒造「華鳩」。うーん、よー合うね。
いくつかの肴を適当にまとめて盛り合わせてもらうと、こんな感じになる。
自家製鶏チャーシュー、浅漬け、ブロッコリー、里芋、厚揚げに柿バター。
チャーシューはしっとりした火入れで淡白な身に程良く甘いタレが染み込んでいて素晴らしい仕上がり。柿バターは有とみの仕事だろうか。里芋の上には猿人でよく使われる胡麻と味噌のコンビ。私はこれが日本酒を止まらなくさせるヒミツだと見ている。
続いては、春の焼きそら豆。
炭火で焼いたそら豆は皮まで食べられる。塩だけで頂くが、甘く瑞々しく香ばしい。まさに素材の滋味を最大限に引き出した一皿。キレの良い兵庫県姫路市の下村酒造「奥播磨」とともに。
新牛蒡のかき揚げ。
柔らかい歯応えは甘く上品な香りは新牛蒡ならでは。こちらも塩だけで頂くことで素材の滋味が活きる。
合わせてもらったのは秋田県湯沢市の木村酒造「福小町」特別純米生原酒。
生酒だけあって滑らかでフルーティーな口当たりがとても心地良かった。
いよいよ鶏料理に移ろう。
まずはタタキの盛り合わせ。
兵庫県産の朝挽き地鶏は新鮮そのもの。むね肉は柔らかく、淡白で上品な味わい。一方、もも肉は程良い歯応えと濃い味わいが心地良い。合わせて注文し、それぞれの対照的な特長を堪能したい。
続いて、串焼きのおまかせ5種。
もも、ずり、むね、きもに豚バラ。炭火で焼き、それぞれの特長に合わせた味付けで仕上げてある。個人的にはたっぷりのワサビで頂くむねが一番好みだな。しかし、豚バラに乗った胡麻味噌よ。やはり日本酒が進むなぁ。
最後は〆の親子丼。
プリプリしたもも肉が沢山入っていて、鶏の存在感がひときわ強い丼だ。かなりしっかりめの味に仕上げてあるのはやはり酒との相性を考えてのことだろう。
特に鶏料理と相性がイイと感じたのは、兵庫県宍粟市の山陽盃酒造「播州一献」(超辛)。
こちらは冬季限定の生酒だったが、辛くてキレがある反面、フレッシュで米の旨味が広がっていくイメージ。決して飲み飽きず、何杯もお代わりをしてしまった。
こうしてみると、料理と日本酒とのマリアージュにも随分色んなかたちがあって勉強になる。正直、特定名称酒の細かい分類すら曖昧で、まだまだ藤木さんには教えてもらうことが沢山ありそうだ。
毎月7が付く日に実施される「こざる日本酒の会」は藤木さん厳選の地酒が何と¥1,000で飲み放題という採算度外視のイベント(売り切れ次第終了)。
これからも是非、その稀有な心意気でウマイ肴とともに様々な地酒の魅力を世に知らしめてもらいたい。