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2025年、残念な閉店が相次ぐ

タイトルの通り、2025年は私の愛するお店が次々と閉店(一時を含む)した残念な1年でもあった。

最初は神戸・北野、春名公章シェフの「ルパッサージュプールドゥ」である。

シェフにとって馴染み深い北野の地で第3章の幕を開けたのが2022年1月。

ふたりで取り分けることを新たなコンセプトに据え、リーズナブルな価格で骨太なtheフレンチを堪能できる貴重な店として、その地位を確立。往年のファンのみならず、SNSからも新規のファンを旺盛に取り込んだ。

しかし、入居物件の取り壊しによる立ち退きを余儀なくされ、7月末をもって惜しまれながら一時閉店となった。

特に若い世代へとホンモノの味を伝えるため、世間は春名さんの力をまだまだ必要としている。

春名さんの納得がいくかたちで近いうちに第4章が始まることを切に願いたい。

続いては、中西貞人シェフがマダムの菜摘子さんと営んできた東京・新宿御苑前の「スクレ・サレ」である。

長く四谷・荒木町で人気を博してきたが、2017年4月に新宿御苑前で復活オープン。

こちらもやはりクラシックなtheフレンチをリーズナブルに堪能できる人気の名店だったが、7月末をもって完全閉店。

閉店理由は食材費の高騰等、時代の変化によって、『美味しいクオリティと適度なプライスの本場フランス家庭料理をがっつりアラカルトで!」というスクレらしさを維持するのが難しくなってしまった』(中西さんコメントより抜粋)ためとのこと。

止まらぬ物価上昇でランチ・ディナーとも客単価が急上昇するのはやむを得ない昨今、それでは自分の美学が許さないと重い決断を下したのは、なんとも中西さんらしい。

最後に中西さんご夫妻と話をする機会があったが、ふたりとも至ってお元気だし何より第二の人生を楽しみにしていた。

まさに余力を残しての引退。いちファンとしては大変残念だが、ふたりの穏やかなリタイア生活を応援したい。

続いては、神戸・元町の南野裕輝シェフが営む「エスパイクックコウベ」。

9年近い海外修業を経て2015年にオープン、イタリアンをベースとした唯一無二のコース料理を提供する小さな店である。

コロナ禍には伝統的なイタリア菓子をテイクアウトで提供する「イタリア菓子のススメ」も展開し、ファンを増やした。

人気店で南野さんもまだ40代というのに、この12月、急遽閉店に至った理由は、仕込み中に起きた負傷事故。

幸い南野さんは元気で快方に向かいつつあるが、料理人としてのパフォーマンス発揮には幾分時間がかかるため、リハビリに専念することとなった。

回復されたあかつきには是非また、南野さんにしかできないアプローチで我々を愉しませてもらいたい。

気長にお待ちしております。

最後は、1952年創業、渡邊元則シェフが営む神戸最古のリストランテ、神戸・加納町の「ドンナロイヤ」。

魯山人や横綱・千代の山、水谷豊、ユーミン、吉田剛太郎等、長きにわたって各界の著名人を魅了、「ポンテベッキオ」山根シェフや「アクアパッツァ」日髙シェフなど、名料理人が在籍したことでも知られる。

店はイタリア人ジュゼッペ・ドンナロイヤ氏が元町・旧居留地で創業するも、1975年にドンナロイヤ氏が急逝。

渡邊さんが店を引き継ぎ、ドンナロイヤの教えを忠実に表現。さらに人気店に押し上げた。

その名店がこの12月30日をもって、73年間の長い歴史に幕を閉じることとなった。

閉店理由は高齢による体力的な限界。

渡邊さんは御年87、マダムの勝子さんもぎっくり腰を抱えながら店を切り盛りしてきた。

おふたりとも至ってお元気そうだが、引退後の生活を考えれば、今が引き際だったのかもしれない。

ドンナロイヤ氏が営んだ23年に対して、渡邊さんが店を引き継ぎ守ってきたのは50年。

大変残念ではあるが、重圧から解放され、肩の荷を下ろしてゆっくりと休んでもらいたい。

長く食べ歩きをしているとこのような知らせに接することが少なくないが、ごく短期間のうちにこれほど立て続けに自分が愛する店が閉じることを知ったのは初めてのこと。

少し打ちひしがれた思いだが、ひとつ言えることは、思い立ったが吉日、店は訪れたいと思った時に訪れないと次の機会があるかは分からないのである。

上記4店に改めて感謝を申し上げるとともに、今も営みを続けてられる他店におかれてはこれからも末永く我々を愉しませていただきたい。

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