神戸のまちの課題点としてしばしば指摘されるのが、「回遊性」である。
ことまちづくりにおける回遊性とは、「歩行者が観光名所や店舗など、複数の場所を目的地として移動しながら散策できること」を指す。
しかし、神戸市中央区の市街地においては、新神戸から三宮・元町までの間の回遊性が不十分だと指摘されることが多く、市長選のマニフェストにもその対策が取り上げられてきた。
では、なぜ回遊性が不十分になのか。
諸説あると思うが、陸の玄関口である山陽新幹線の新神戸駅がJR三ノ宮駅から遠く離れていることに起因するという考え方が多く、私も同意する。

新神戸駅ができたのは1972(昭和47)年のこと。
計画当初は中心地である三ノ宮駅に建設することが検討されていた。しかし、用地確保の難しさや、六甲山を貫くトンネルルートの都合により、そこそこ辺鄙な現在の位置に建設することが決まったのだ。

こうして新神戸駅ができ、新幹線を降車した観光客たちは三宮界隈までタクシーなら約5分、徒歩なら約20分の移動を強いられることになった。
この間を埋めるべく市営地下鉄が開通したのは1985(昭和60)年なので、13年間はこの状況が続いたわけだが、新神戸から三宮までの一直線の加納町の道路沿いは、当時のグルメ本や地図を見ても、それほど店舗がなく、回遊性を創出するには不十分な環境だったと思う。
しかしそんななか、回遊性を高める一大転機あった。
北野異人館街の観光ブームである。
1977(昭和52)年に朝の連続テレビ小説「風見鶏」でドイツ出身のパン職人フロインドリーブ氏をモデルにしたストーリーが描かれた。

これを機に新神戸駅の南西に位置する北野・山本地区を訪れる観光客が激増。
異人館見学に訪れた観光客を受け入れる飲食店や土産物店も急増し、北野異人館街は日本人と外国人が混住する住宅街から、異国情緒あふれる観光地としての性格を強めていくことになった。
北野・山本地区は西のトアロードにまで及び、元町地区とも繋がることから、回遊性向上という意味でも、このブームは大きな役割を果たした。
なお、神戸市は今でもこの連ドラがスタートした10月3日を「神戸観光の日」として記念している。

